発行日 2010年4月
発行人 サンセイ「パートナー編集室」
創立50周年に向けて
社長 冨田 稔
今回から、4回に分けて創業社長が作成した私小説をご紹介致します。
文章は原文通りになっておりますので、少し難解なところがありますが読でください。
「哀れなるものよ!」
一悪太郎(中野芳男)著
蒔いた種子は刈り取らねばならない
人よし 徹底的に遊んだ彼は今やその種子を収穫しつつある。
偽らざる彼のこの涙の手記を!
とかくして彼は就職した。 慣れぬ手つきにネクタイを結びながらそれでも彼は九時十分前にはもう出勤して居た。
「見習社員に採用、販売部勤務を命ず」の辞令を仰々しく渡されて彼はしほらしき羊のそれの如く 庶務係長につれられて販売部の部屋に入って行った。
「何事もなすにも誠意を以て、研究心を以て社の為に尽くさねばならない、これも仕事の一つぢゃ」と
彼は奥まった一室に導かれて行った。
プーンと漂う脂粉の香、ズラリと居並ぶ十名余りのやさしい目が一斉に彼に向けられた。
「貴方今度新しく入った方でしょう。クーポンは青いものを十枚数えてゴムバンドでとめるのよ。そしてそれが十組出来たらこの封筒に入れるのよ。この封筒が十枚出来たら一束にして私の所へ持ってくるのよ 分ったでしょう お仕事と言えば只それだけよ」
彼は言われるままに従順にクーポンを十枚ごとたたんでゴムバンドで挟み、それを封筒に入れてこのヤサシキ小母ハンにわたした。
あぁ!俺の仕事はクーポンを折ることか 明日から毎日この女達の中で黒一点となってクーポンを折ることか・・・・・
「まぁまぁ貴方割りに早いのね 馴れたらもっともっと早くなるのよ こんな仕事器用だったら一時間に何百枚と出来るものよ」
「貴方のネクタイ曲がっているわ」
「貴方のお家何処?遠いわね」
喋々としてシャベル小母ハン及びその部下について彼は黙々として毎日朝の九時から五時までクーポンを折り続けた。
昼食の時、他の連中は彼の悄然とした姿を見て笑って居る。三時になった、前にいる目玉の大きい奴の顔が二つに見えてくる。否三つにも四つにも、窓越しに見える向かいの屋根瓦が波のように浮いたり沈んだりしてくる。知らぬ間にクーポンを入れた封筒が机のそばにうず高く積んである。俺はやはり器用なのかなー
「わぁー」・・・・・
「はっ」として目を覚ましたがもう遅かった。「クスクスッ」「貴方入社早々ソンナに居眠りしてはいけませんよ」
「貴方、然し罪が無いわね」
「貴方、眠りながら何か笑っていたわ」女! 女というものは何故にこんなに他人のことを喋りたいのであろう。
横目で俺の顔を見てはクスクスと笑って居やがる。彼は五時が待ち遠しかった。
「どうだね、中野君 なかんか精が出るノー」・・・・・
「イヽエ、中野さんてば今も大笑いなんですのよ。居眠りしながらムニヤムニヤ何か寝言を言ってニコニコ笑って居るのですもの」・・・・・
・ ・・・・・
女は何故こんなに他人の悪いことを喋るのか。・・・・・
忽ちにして彼の第一日の失敗は彼を世話した監査役の耳に入って仕舞った。
「まだ子供ぢゃノー」 笑いながら出て行った監査役の後姿を見送りながら彼はホッと胸を撫で下ろした。
「貴方あの監査役のご縁故の方ね。ソレデ怒らないわよ」
「他の人だったら大変よ!」「イーエ違うわよ、あの監査役は誰でも怒らないわ、それより庶務課長の方がウルサイのよ」
「そうよ 庶務課長はトテモコセツキよ だから皆に憎まれて居るのよ」
「貴方、あの監査役とドンナご関係があるの」
「喧しいヤイ! 他人のことばかりグズグズ言わない!」
たまりかねた彼の一喝にヤヤ静まり返ったが・・・・・
「ソンナに怒らなくてもいいわ!貴方エラソウナこと言っても今日入社したホヤホヤぢゃないの ねー皆さん もう話せずに置きましょうよ」
「まぁまぁ 貴方達ソンナに喧嘩するものでないわ 男の方って皆こんなものよ こんなに暴君的なものよ 私も若い時はソレハソレハ腹が立ったけれどもう今では何ともないのよ」
あぁあぁ 女って何故コンナにウルサイものか